暗夜行路の見える街 #DP3
 『景色はいいところだった。寝転んでいていろいろなものが見えた。
前の島に造船所がある。そこで朝からカーンカーンと金槌を響かせている。
同じ島の左手の山の中の中腹に石切り場があって、松林の中で石切り人足が絶えず唄を歌いながら
石を切り出している。その声は市のはるか高いところを通って直接彼のいるところへ聞こえてきた。

 夕方伸び伸びした心持で、狭い濡れ縁へ腰かけていると、下のほうの商家の屋根の物干しで、
沈みかけた太陽のほうを向いて子供が棍棒を振っているのが小さく見える。
その上を白い鳩が五、六羽せわしそうに飛び回っている。そして陽を受けた羽が桃色にキラキラと光る。

 六時になると上の千光寺で刻の鐘をつく。ごーんとなるとすぐコーンと反響が一つ、またひとつ、またひとつ、
それが遠くから帰って来る。そのころから、昼間は向かい島の山と山の間にちょっと頭を見せている
百貫島の燈台が光りだす。それはピカリと光ってまた消える。』


志賀直哉の「暗夜行路」の書き出し、そのものの光景がここから見える。
志賀の尾道での旧居はまさにこの近くにあって、大正元年から翌年にかけて「暗夜行路」の草案が
練られたのだという。
暗夜行路の見える街 #DP3_c0065410_20554814.jpg
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その山の上の千光寺の帰り道、多くの人は「文学の小路」をたどって降りるので、こちら側の
「ぽんぽん岩」の方へ下る人は意外と少ない。ここに立って志賀直哉のことを思うと
スコットさんではないが、文学青年の端くれにでもなったような気がしてくる(笑)

尾道。

SIGMA DP3
by nontan91 | 2013-05-07 21:03 | DP3 Merrill
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